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ひで
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ひでさんのブログ

人との出会いは、広大な砂漠の中から一粒の砂を見つけるほどの確率です。出会いを大切にしたいと思います

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2018.05.05 22:11

せいくらべ


きょうは「こどもの日」です。
こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する、という日です。

「五月五日」を歌った童謡に「せいくらべ」があります。

「せいくらべ」の作詞者 海野厚は明治29年8月12日、静岡市曲金で7人兄弟の長男として生まれました。
厚らが通った西豊田小学校には「せいくらべ」の碑と厚の顔が描かれた大きな絵が掲げられています。

「柱のきずはおととしの 五月五日のせいくらべ・・・」
どうしてきずは一昨年で、昨年のきずはないのか。
そこには、病と闘った兄の悲しい物語があったのです。

厚は中学(旧制)卒業後、可愛い弟妹を残して上京し早稲田大学文学部へ入学しました。最初は俳人志望でしたが、童謡雑誌「赤い鳥」へ童謡詩が掲載されるようになり童謡作詞家へと変貌したのです。

厚はたびたび故郷に帰って弟妹の背を測ってやったといわれています。しかし、待っていたのに昨年は測りに帰ってきてくれませんでした。厚は東京で肺結核をわずらっていたのです。

一番の作詞から4年経って、中山晋平は厚を元気付けるために二番の詩を作らせました。病床で二番の詩を書き終え、富士の見える故郷へ帰ろうと大正14年5月にとうとう静岡へ帰ってきましたが、5月20日、天才海野厚は逝ってしまいました。28才のあまりに短い生涯でした。富士山を見ることも、大好きな弟妹たちのせいくらべもしてあげることも二度とできなかったのです。

童謡の歌詞の中には奥深い意味が隠されている歌が多いようです。

画像は2002年11月、静岡市立西豊田小学校にて撮影させてもらったものです。
毎年11月には「せいくらべ祭り」が開催されています。

【せいくらべ】
柱のきずは おととしの  五月五日のせいくらべ
ちまきたべたべ兄さんが  はかってくれた背のたけ
きのう比べりゃ何のこと  やっと羽織の紐の丈

柱にもたれりゃすぐ見える 遠いお山もせいくらべ
雲の上まで顔出して    てんでに背のびしていても
雪の帽子を脱いでさえ   一はやっぱり富士の山 

日記カテゴリ 郷土史 
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